isako's blog

日々の自身の日記から、医療・看護の情報、地域の活動と情報を発信しています。
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名医「ホジュン」が残した「東医宝鑑」25巻25冊とは
 韓国ドラマ「ホジュン」がもうすぐ最終話を迎えます。ホジュンは、朝鮮最高の名医と名高く評価された実在の医師です。
 事実としてわかっていることは意外に少なく、ドラマでは平安道龍川から始まっていますが、実際は1539年、ソウル(京機道楊川県=現ソウル江西区)に庶子として生まれたと言われています。
 祖父は慶尚道右水使、父親は龍川副守を務めた両班の家庭でしたが、妾の子ということでドラマのように身分の制約に苦しんだのでないかと推測します。内医院に入った後は次々と功績を上げて昇進を重ね、1606年、医官出身としては最も高い輔国崇禄大夫(正一品)に奉じられます。
 ホジュンが残した最も偉大な業績として「東医宝鑑」があります。1596年、14代国王・宣祖の命によって編纂が始まった「東医宝鑑」は、豊臣秀吉による文禄慶長の役によって中断を余儀なくされると、宣祖はホジュン一人で編纂を続けるよう命じます。
 そして、宣祖崩御の責任を取って流罪に処せられながらも編纂を続け、ついに1610年、14年の歳月を経て25巻25冊を完成させます。
 朝鮮医学の集大成を完成させたホジュンは、それから5年後の1615年、77歳でこの世を去ります。



東医宝鑑(とういほうかん)とは…
 李氏朝鮮時代の医書。23編25巻。許浚著。1613年に刊行され、朝鮮第一の医書として評価が高く、中国・日本を含めて広く流布。
 初版本は光海君の1613年に発行され、重版が重ねられています。日本では江戸時代初の官版医書として、徳川吉宗の命で享保9年(1724年)に日本版が刊行され、寛政11年(1799年)にも再版本が刊行されています。
 中国においては清代の乾隆28年(1763年)に乾隆版本が刊行されており、日本から版木が輸出され光緒16年(1890年)に日本再版本を元とした復刻本が出ています。 2009年、ユネスコが主催する世界記録遺産にも登録されました。
| isako | テレビ・新聞等の情報 | 22:52 | - | - |


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