isako's blog

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阪神梅田から8分! 尼崎城完成 3月29日一般公開へ
 尼崎城が3月29日(金)午前11時〜一般公開されます。尼崎城は、エディオンの創業者(安保氏)が10億円以上の建設費を負担して建設し、完成後の2018年11月30日に尼崎市へ寄贈されました。
 天守閣はすでに完成しており、2019年3月29日10時から一般公開されます。場所は、阪神尼崎から徒歩5分の距離にあり、阪神梅田駅からは電車で8分という近さです。尼崎城は、4層4階の大天守に、2層櫓の多聞櫓小天守が付属する複合天守という形式。高さ24m、鉄筋コンクリート造で、延床面積は、約1,400平米。
 記念イベントとして、3月29日(金)・30日(土)・31日(日)の3日間、午前11時〜午後3時30分開催予定です。
 入場料は、小・中・高校生が250円、一般は500円で、尼崎市では、初年度22万人、2年以降は15万人の入場を見込んでいます。



 尼崎城は、兵庫県尼崎市にあった日本の城である。江戸時代初期に築城された平城。 安土桃山時代の天正6年(1578年)に荒木村重が織田信長に反旗を翻した際、有岡城から逃げ込んだ先である大物城は尼崎城(尼崎古城)とも呼ばれるが、現在の尼崎城趾とは位置が異なる。
  城主は、築城から廃城まで3氏12代が入れ替わった。戸田氏の後は、青山氏4代、そして正徳元年(1711年)桜井松平家の松平忠喬(ただたか)が4万6千石で入り、以後、桜井松平家の支配が7代と続き幕末を迎えた。
 最後の藩主は松平忠興である。歴代城主については尼崎藩の歴代藩主の一覧に記載がある。
 明治6年(1873年)の廃城令により建物は一部を除き取り壊されたが、明治7年(1874年)、本丸御殿の一部が菩提寺・深正院(市内大物町)の本堂として移築された。この本堂は戦前まで残っていたが、戦災に遭い焼失した。フリー百科事典「ウィキペディア」より一部抜粋。
| isako | 尼崎の話題と情報 | 23:06 | - | - |


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